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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

と、家中でも云われるくらいに、律儀一方で、家運をもりかえした人物なのだ。

屋敷は、小石川武島町だった。

ちょうど、小日向台の裾で、坂と藪ばかりが多いあの辺には、どう眺めても貧乏そうな御筒持組の長屋だの、上水組の屋敷だの、寺だのが、傾斜の所々に、大風に吹き残されたように、ほっ建っている。

土肥家の宅地は、二百坪ぐらいあって、その中ではまあ上の部だった。俗に、琵琶橋という江戸川上水の石橋をわたって、だらだら坂の中腹に見える大谷石の苔崩れした石段を七、八段のぼると、その上だ。

田舎家みたいに、前庭の広い南向きに、母屋、書院、小者部屋、納戸、玄関と、こう九間ばかりの古い棟が、曲尺形に建っていて、西の隅に、車井戸と馬のいない厩とがある。

「飼馬料、一年分で、中間の仕着せができよう。馬で、藩邸通いなどは、贅沢な沙汰」

と、先代新十郎の愛馬二頭も、半蔵の代からは、売って、利殖に廻されてしまった。

その、空厩のそばに、柿の樹が、あお白い花を地にこぼしていた。秋になると善寺丸の甘い実が枝をたわめ、庄次郎、八十三郎の兄弟が、歯の生えだした幼少のころから、今もなお、秋になれば、舌つづみを打たせてくれる柿である。