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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

二

朝。――毎朝のことだが。

半蔵は、その柿の樹の下を距離の目標にして、裏の的土手へ向かって弓をかまえ、おそよ二十五束(一束四本)の矢を放つのが、多年の健康法になっている。

ひゅっ――

矢うなりが、窓の外を通る。

(中たらない!)

(また、外れ!)

そこは、八十三郎の部屋なので、机で素読をしながら、矢が、的へゆかないうちに、窓からよく云いあてて、父を揶揄った。

「うるさいぞよッ」

半蔵は、子に技倆を測られると、やはり面目上、黙っていられないとみえて、

「的を射たがるうちは、まだまだ初心じゃ。弓は、体と精神の一致、無想の鍛練をもって意とする。禅も同じじゃ」

などと、武芸を説いたりする。

二

今朝は、

(ヘロ矢!)

(地すべり――)

などと皮肉な声をかけるその予言者が窓を閉めていた。

いないと、さびしい。

五十射ばかりで、止めてしまった。そして矢拾いの中間に、

「重助」

「はい」

「八十三郎、今朝は、どんな容体じゃ。熱は下がらんか」

「ゆうべの蕎麦屋薬で、汗が出てから、今朝はだいぶ、およろしいご容子で」

「そうか。――まだ起きてはいかんな。軽はずみせぬよう、わしが留守の間も、たのむ」