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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
二
気まずい苦さを心で噛み合いながら、寒げな丸行燈を隔ててちょっと黙っていると、お里のうしろで襖の開く音がした。重い顔を露八は上げた。炬燵の前に空いている座蒲団の主は、たいがいそれだろうと察していたので、べつに驚きもしなかった。
「やあ」
榊原健吉は、お里とさし向かいに炬燵を抱いて、
「庄次郎、何を遠慮しているのだ。こっちへ寄れ、こっちへ」
そして、
「お里、熱い酒を、そ云ってくれ」
二
「どうしたい! 庄次郎」
というような調子で、榊原は、その後のことを訊ねもし、また話しもして、
「もう、貴様には、匙を投げたから、俺は意見を云わんよ。小林の叔父貴もそう云っておった」
露八も、度胸がすわった。ぐびぐびと酒杯をかさねて、
「武士は、こちとらの柄にゃ向かない。頭と一緒に、さっぱり縁をちょん切りましたよ。これからは荻江露八でつき合っておくんなさい」
「露八と改名か。……フフム……」
健吉が苦笑すると、お里が、そばから云った。
「お蔦姉さんにつけてもらったんですとさ。おやすくないじゃありませんか」
「それも、よいわさ」
「揚句に、女は捨てられて――」
皮肉の針が、時々、露八の酔いをチクと刺した。