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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
「いいか」
念を押すと、
「ひえい」
笛みたいに嗄れた返辞が露八の喉の奥でした。
「露八、どうしても、手引はできぬのだな」
もういちど云うと、彼は、もう横に振る力もない首をかすかに動かした。
「やむを得ん」
「…………」
「もっと、首をぐっと伸ばすのだ。それじゃあ、頭の後ろ骨に入るから痛いぞ」
云いながら抜いた。
露八は、途端に、
「おやっ?」
「…………」
「オヤオヤ」
手先で、指踊りをやりながら、起ち出したのである。
榊原は、ゾッとした。
露八の眸は真ン中へ寄ってしまった。脳中枢の破壊で顔の皮は引ッつれている。金槌でたたいても開きそうもなく歯は歯を咬んでいるのだった。
(オヤ?)
と云いたいのはむしろ榊原の方である。思わず刀を退いて無気味さに後ろへ避けた。避けると、露八は、狐でも憑いたように足を縮めて突然跳び上がった。
「ピッ!」
横笛を吹く形である。片足でくるりと廻った。
「テン、テレツク、テン、テレツク」
酢を舐めたようなひょっとこ顔が馬鹿踊りに熱している。足拍子も口囃子と一緒に、だんだん荒くなって来て、
「チャンチキ、ドン。――チャンチキ、ドン」
倒れた雪洞が燃えかけている。