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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
二
「あっ。また来る」
河合は、あわてて、お蔦の手をぎ放して、去ってしまった。
二
台所も、きれいに拭いてある。炬燵に火も入れてある。
膳も、お菜も。
お蔦は、いちいち腹が立って、
「これが男の仕事かい」
そこに、露八は見えないのであったが、罵って、
「おまえさん、二階だろう、降りておいでよっ」
と、梯子だんの下から、仰向いて呶鳴った。
「……来ないねっ、降りて来ないんだね。勝手におしっ、盗っ人猫みたいに、女房のまえにも、出られないのかえ」
だが、そんな言葉ぐらいでは、虫が納まらなかった。
とん、とん、とんと駈け上がって行った。
「おや……」
いないのである。
「変な奴だねえ」
翌晩も、そうだった。
次の晩も、そうだった。
お蔦は、ちょっと気味がわるくなった。
亭主持ちと、出先には知られているので、媾曳はきかないし、河合は、来るのは嫌だというし――それにも焦々していた。
四日目のことだ。七刻ごろ、町風呂へ行って、髪結の家で茶をのんで、路地をもどってくると、隣家の女按摩のお吉ッつぁんの前を通ると、家の中で、大きなくさめをした者がある。
「あら?」
お蔦は、あきれ顔して、立ちどまった。