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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

耳を欹てているその顔つきが、何に脅えたのかかすかな恐怖をただよわせている。

「宍戸っ、どうしたのか」

「はっ……」

桂も、倉の扉のそばまで来て、初めて、はっと思った。これはもう手遅れだと感じたように宍戸を睨みつけた。宍戸も、今度は自身の切腹が頭へいっぱいに考え出されたように唇の色を失ってしまった。

「いかん! ……土民兵なので、貴様の酷薄な処置に、もう、発狂してしまったらしい」

彼が、そう呟いている間にも、倉の中では、いい声を張りあげて、誰か、都々逸を唄っている。それがすむと、手をたたく、げらげら笑う、散財囃子で、騒ぎをやる。

「とにかく、開けんか」

「は」

宍戸は、観念して、鍵をねじったが、二度ほど錠前の穴を外したようだった。

だが、開けてみると、七名とも、腑抜けのように、ぺたんと坐っていた。ただ、その真ん中に立って、ひとりで、紅かんの八人芸みたいに、踊ったり、唄ったり、口三味線だの口太鼓を囃している男だけは、正気とは見えない。

「や……?」

桂は、倉の中を透かして見ながら、不審そうに、後ろを振り向いた。

「宍戸、あれや、何だ」

「存じません」

「隊士ではないじゃないか」