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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
その小さな江戸ッ子の尻めどが開いて、いまに、俺たちを、拝む日があるから見ておれ」
「そうかなあ。だが、そうなっても、あっしゃあ一生、路地の日陰で暮らすつもりだ。拝まないかも知れないぜ」
「オイ、オイ。……待たんか露八」
「金は、いらない」
「金ではない、ついでに、同じ埠頭にいる長州藩の藩船へ、お旗箱をとどけてくれ。隊の者を案内につけてやるから」
「あ……。忘れていたが、そいつも、見つかりましたか」
「なに、俺が、書いてやるのだ。白木綿を裂いて来い。――それから、大きな筆と、墨汁も、たっぷりと」
気いっぱいな墨痕で、それを書いて、すぐ焚火で乾かした。桂は、旗のなかへ、金をくるんで、露八の手へ持たせた。
「おや」
重いので、露八が、ひろげようとすると、
「不躾な奴だ、中を見るな、少ないが、駄賃だ、駄賃だ。――はやく行け」
さっさと、大きな土間炉と薬鑵のある役宅へ隠れてしまった。
丹波栗
一
「太宰府以来、長い艦路の旅で、ご退屈らしく見うけられる。何か、五卿のお慰みになるような工夫はないか」
供奉員の大山格之助から、そんな発議が出て、春日丸の人々が額をあつめた折に、誰からともなく、露八のうわさが、話題にのぼった。