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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

たしかに、灸で、癒りましょうか」

「癒してやるよ」

「そうですか」

幇間の桜川は、桃の樹の下へもどって、花を仰いでいる二十八、九の婦人に、

「お嬢さん、やっぱり、そこが灸点師です」

「どんな人?」

「渋染の頭巾をこう被りましてね、袖無しを着て、何のことはない、柿右衛門が線香を持ったような……だが肥っちょな醜男でさ」

「男ぶりなんか訊いているんじゃありませんよ。お灸が上手そうだか、下手だかを、訊くんです」

「自分では、うまそうに云っていますがね」

「よそうかしら? ……肌にきずをつけて利かなかったら、熱い思いをするだけ損をしちまうものね」

「そんなら、こんな田舎まで、何もてまえに、道案内をさせるこたあねえでしょうに」

「だって、散歩だと思えば、いいだろう」

二十八、九にもなって、お嬢さんと呼ばれているその婦人は、癆咳が祟って、いまだに嫁げないでいるのかも知れない。白桃の花の下に立っていると、白桃の花よりは先に風に散ってしまいはしないかと思われるほど弱々しい。唐絵の羅浮仙のように腰がほそくて、着ている被布の紫がつよすぎる。髪は夜会巻というものに結って、静岡ではこのごろ、県令の奥様が翳しているといわれている舶来の蝙蝠傘を持って、散りしいている地上の花へ、傘の先で何やら描いていた。