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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

二

三

「鳶の者へ、配ったのさ」

「ろ組の頭からは、お前さんの方へ、もうお金は渡してあると聞いたがね」

「俺に、用があると呼んだのは、そのことか」

「帳面のくくりがつかないもの」

「ふん……」

「なにが、ふんですか」

「この小屋を建てた金はどこから出ていると思う。木賃宿にいたおめえさんたちが、とにかく、てん屋ものの一つも食って、先生奥さんといわれるようになったなあ、誰のためだ」

「そんなことは、べつな話でしょう。帳面は帳面ですっ」

「なに……」

と顔いろを変えたが、露八はすぐ首を振って、

「ああ、云うのも嫌だ! ……あばよ、おたんちん」

ぷいと、小屋の裏から飛びだした。後ろの方で、健吉の声が、

「露八っ――、露八――」

追いかけて来るようであったが、彼は、振り向きもせずに駈けだしてしまった。

三

夜を嫌う賓客があるので正午十二時からの宴会であった。招く方は、三井組、小野組、渋沢、三野村などの第一国立銀行の創立者で、招待されるお客側は、大蔵卿その他の参議、大丞、大輔、権頭、いわゆる朝野の貴顕紳商である。会場は両国の中村楼だった。

国立銀行の株式募集は、案外な不成績であった。銀行事業とはどんなものか、株式とはどういう組織か、世間が皆目知らないのである。