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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
「おや、また三谷の船だよ」
「今朝から、これで何十艘、引っ越し荷物を積んで下ったか分からない」
「だが、あのご大家も、地所金蔵、みんな三井に奪られて、とうとう没落たんだってね」
「太政官の官員様は、たいがい三井の肩持ちだから」
「斧四郎旦那は、気が変になったといううわさもあるけれど……。ああ嫌だね、秋は」
腕拱みを窓へふかく乗せたまま、露八は岸の水を見ていた。船も笛も下流へ去ったが、水の面にはまだお喜代が見える。
「よかった! ……俺の生涯にたった一つ、きれいなものがこれで残る……。三人の姉妹から、やっぱり、俺は、拾うものを拾った」
茶屋、船宿に灯が入る。夜の大川は無数の虹に染められて波新しく戦ぎだした。――鼓や、三味線や、声色流しや、秋の夜はこれからが長い。