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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
どんどん橋
一
「まあ、お待たせいたしました。――喜代や、気がきかないね、冷たい井戸水で、おしぼりでも、差し上げたらいいじゃないか」
愛想を云いつつ、師匠の荻江お里は、やっと、彼の前に坐った。
この女が、真ん中の姉とみえる。二十三、四でもあろうか。小股のきれあがった美しい女である。そういえば、一番うえの洗い髪も、年下の娘も、揃いも揃って、容貌よしだった。
「初めて、お目にかかる者でござるが――」
と庄次郎は、もじもじ切りだした。
「何かご用でも」
「実は」
頭を掻いて、
「昨夜、酩酊した友達どもが、悪戯半分に、当家の窓口から、抛り込んだ品があるはず、じつは、拙者の品でござる。それを、頂戴に参ったのだが」
「アア、あの水引の掛けてあった竹刀でございましょう。――それと、お風呂敷」
「左様」
お里は、笑ったり、困ったような顔つきをしながら、
「その品ならば、お気の毒ですが、もう私どもの家には、ございませんよ」
「えっ」
彼は、色を失った。
どんどん橋
一
庄次郎が訪ねてくる一足前に、預かり物の二品を、
(なに、かまわん。文句があったら、持ち主自身、取りによこせ)
と、担いで、持ち去った男がある――というお里の答えなのである。