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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

少し下ぶくれな頬といい、切れの長い眼じり、横から見た白い鼻のかたち。美人である。庄次郎の憂鬱は、急に、野末の春みたいに、ひろびろとして来た。すっかり、気に入ってしまった。妙に、拗ねたり、鬱いだりしていた自分が、急に、間がわるくなって、からりと、陽なたへ出たような幸福感で、体が熱くなった。

すると、

「なんじゃ」

「どうしたのだ」

叔父が立つ、父が立つ、玄関の方から、人々が呼ぶ。

騒然と、席がみだれ出したと思うと、嫁方の親戚たちが、狼狽に、度を失って、花嫁の手を取ると、

「出迎えの間違いじゃ。門違いじゃった」

「え? ……え? ……」

花嫁は、驚く。

それを、無理に引っ立てて、玄関へ駈け出ると、媒人は、平謝りに、謝っていた。

一組が、どかどかと出る。べつの一組が、どかどかと入って来る。それも、鷹の羽の提灯だった。

「――あれは、上水組同心の鈴木とやらへ嫁ぐのだそうな」

「道理で、すこし、挨拶が、変だとは思ったが……」

「一夜に、二組も、嫁の輿が門をくぐった。間違いとはいえ、めでたい」

後では一同、屋の棟をどよめかせて、笑い崩れたが、庄次郎は、奥でひとりぽかんとしていた。