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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

笄

一

やがて。

ぽかんとした聟のそばに、次の花嫁が来て坐り直した。今度こそ、間違いのない嫁だったが、横ぶとりで、手が丸かった。庄次郎に似て、鼻も低い。

笄

一

秋は、酒が美味い。

金六町のしがらき茶屋で、酌み交わしていた入江道場の万年門弟たちが、

「おや、あの衝立の蔭で、ひとりで飲っているのは、土肥じゃないか」

「土肥とは」

「お情け免許の庄次郎」

「まさか」

誰も、真にうける者はなかった。

「あいつは、酒ぎらいの、堅人じゃないか。お情け免許をもらった晩でも、いつのまにか、逃げ帰っていたくらいな男――」

「でも、土肥らしいぞ」

「賭をしよう」

「よろしい」

一人が、立って行く。

隅の衝立の上から、不作法に覗きこんだと思うと、頓狂な、声をだして、

「やっぱり、土肥だっ。この、猫かぶり」

腕をつかんで、そこから、ずるずると引き摺りだして来たのである。見ると、なるほど、土肥庄次郎にちがいないが、彼らの記憶にない庄次郎だった。樽柿のように真っ赤に饐えている。下手に動かすと肥った体が、酒で、がぼがぼと鳴りそうに酔っている。

「あきれた奴……」

顔まけがしたように、揃いも揃って、唖然としていた。