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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

引っぱり起こして、

「さ、帰りましょう」

「か、か、勘定を」

「払いましたよ、ここのお勘定は」

「そうか」

畏まって、丸い膝へ、両手をつく。首を垂れる。

「ホ、ホ、ホ。何を考えているのですえ?」

「相済まん、この通り」

「およしなさい、帳場だの、お客たちが、笑っているじゃありませんか。とにかく此店を出ましょうよ」

「うむ」

「行きますよ」

「しばらく」

「どうなさいましたえ」

「た、た、立てそうも……ない」

呆れ顔に見るもののお蔦は憎くない眼をした。駕辰から、若い者を一人呼んでもらって、庄次郎を負ぶってもらう。

「こいつあ、土左衛門よりゃ、重いぜ」

駕舁でさえ持ち扱いかね、

「お蔦姐さん」

「あい」

「駕じゃあどうです。駕ん中にどし込んで、縄括げにでもしては」

「ついそこだもの、我慢おし」

「どこだ」

「肴店の毛抜き鮨」

「この蛸侍を鮨だねに、卸売しゃアちょうどいい」

「馬鹿におしでない」

笑靨で睨めつけて、

「――私のいい人をさ」

「オヤ、そんな、おやすくねえ人ですか」

「嘘だよ。だけど、自家へは、黙っていておくれ。お里にも、お喜代にも。――いいかえ」

無論、安値くない駕賃についた。

二

酢がにおう。