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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
「立身しても、やっと百石、百石とっても、食えるだけだ。二本差して、威張ったところで、百石侍は、蛆ほどいるし、このごろ、世間も侍は流行らない。――後継ぎは、弟が適任、お照も、里へ帰った方が倖せだ……」
考えつつ、黙然と、藪道を掻き分けてゆくと、コー、コー、コーコーッ、騒がしい軍鶏の声と、羽搏きが近くに聞こえた。
見ると、窪地の藪を刈って、そこに、筵土俵が出来ている。闘鶏師だの、胡麻師だの、町人や浪人を混ぜた雑多な客が、車座に、あぐらを組み、流行の「鶏賭博」を開帳しているのだった。
陽が、頭からカンカン射している。一勝負ついたのだろう、黒い勝鶏が、羽音を搏って、けたたましく啼いていた。胴親らしい眼ッかちの遊び人が、猛る鶏を抱いて、脚の血を、舐めてやっていた。――その間に、がやがやと銭の音、銀の音、稀に、小判の色が、ちかッと光る。
「鶏主、誰だ、次は」
眼ッかちが云う。
「橋場」
「おい」
「目黒、どうだ、出てみるか」
取引が初まる。
相対勝負だの、岡乗りだの、おのおの、財布に手を突っこむ。行司が、息をはかって、
「それッ――」
鶏主の手から、精悍な茶色と鉄漿色の軍鶏が、槍のような首を伸ばして、ぱッと離れた。