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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
「じゃあ、あたし、一人で行く。お小遣い、まだある?」
「あるよ」
財布ぐるみ渡して、
「これだけだ」
お蔦は中を見て、
「もう一つの財布にあるお金は」
「あれは、渋沢栄一へ返す金。お前、出かけるならついでに、届けてくれ。気がかりで、たまらない」
「そんなもの、返すこと、ありゃしない」
「いや、あの吝ン坊が、意気で貸してくれた金だ。人間、意気には感じる。手紙を書こうか」
お蔦は、帯に入れて、出て行った。晩には、帰るものと、庄次郎は、白玉の団子と、西瓜を、井戸水に冷やして、夕飯もひかえて待っていた。
だが、お蔦は、朝になっても帰らないし、次の日も、姿を見せない。
「どうしたのだろう? 榊原に見つかって、また、家へ連れて行かれたかな?」
三囲の土手に立って、ぼんやり腕を拱んでいた。何となく、不安が胸へ潮のようにさしてくる。
(あいつ、浮気者だからなあ……)
沢村田之助の似顔を持っていたり、撥ふくさや、櫛笄にも、田之助の紋をつけちらしていたことが、急に、思い当たってきた。――金は持って出たし。
「畜生……」
大川を、睨んでいると、涙が出てきた。幾度も、竹屋から渡舟が着く――。