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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

「渋沢という奴、若いが、なるほど、ちょっと話せるな」

「俺は、虫がすかん」

「百姓だ。田舎で、藍玉売りをやっていたそうな、武士のくせに、腰が低うて」

「土肥、さっきの財布、見せろ。いくらある。どうせ、天保銭か、台場銭の端ただろうが、飲むに都合がある」

庄次郎が、そのまま、渡すと、

「あっ」

開けて見た四、五人の眼が、息をのんで、

「……だいぶある」

呻いた。

小判で、四、五十両の金を見ると、貧乏藩士の子弟は、ちょっと、酒が醒めてしまった。

「ははあ、読めた」

一人が、急に、気が大きくなったように云った。

「――渋沢の奴、何でも、田舎でがらにもない皇学を囓ったり、また、それを、流行ものの、勤王運動とやらの実行に移そうとして、八州に嗅ぎつけられ、それで、ご当家の、平岡円四郎殿へ、縁故をもって縋って、隠れているのだという風評がある、――これあ、如才なく、吾々に、渡りをつけて来たのだろう」

「すると、匿い料か」

「ま、そうと、俺は見る」

「じゃ、ありったけ、飲んでもいいな」

「飲みきれるものか」

「何、これだけの頭数で、費いきれんでどうする、辰巳へゆこう」

それから、はしゃぎ出したのである。