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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
庄次郎を、自分の部屋へよんで、うす痘痕のある志士の人相書を出してみせた。紛れのない渋沢栄一だった。
罪文は、高崎藩から廻ってきたものである。
庄次郎は唾をのんで見つめていた。
「読めたろう、それで」
「なるほど」
庄次郎は、呻いた。
「すぐ、ふん縛ろうかと思ったが、おめえも懇意らしいし、商売冥利、今日のところだけは見遁してやったが、小倉庵が、承知で、彼奴に大手を振って歩かせていると云われちゃあ、世間に済まねえ、近いうちに野郎を召捕るぜ」
「そうですか」
「同類でないならば、おめえも、一肌ぬいで、手伝ってくれるはずだ。一ツ橋家の藩邸へ、十手を持って踏み込むわけにはゆかねえ。奴を、外へ誘い出してくれれば大手功だが、土肥さん、やってくれるか」
「やりましょう」
そう云うよりほかはない。庄次郎は手引を承知した。
それには、折よく、彼へ届け物の約束がある。
小倉庵も、それは渋沢を誘き出すに好都合だと考えた。
翌々日、二人は、手筈を諜し合わせて、向島から竹屋へ渡舟った。二人の後から五、六名の捕手が、平和な顔をして、歩いて行った。
猿若町の低い屋根越しに、芝居小屋の櫓と幟が見えた。