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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
三
沢村田之助の幟を見ると、庄次郎は、
(畜生め)
お蔦へともなく、田之助へともなく、肚のなかで、呪うように、呟いた。
三
神田橋近くへ来ると、番屋からも手を借り、十四、五名になった捕手を、石垣の裾だの、樹蔭だの、橋の袂だのへ配って、
「じゃあ、あの長屋門から出て来るな」
と、小倉庵は、念を押した。庄次郎は、うなずいて、藩邸の門を入って行った。ここの様子は知りぬいている彼だった。
公用人の平岡円四郎の家の裏口へそっと廻って、
「渋沢氏――」
垣越しに呼ぶと、
「やあ、土肥君か」
書斎の窓が開いた。
「よろしいか」
「その木戸を押したまえ」
庄次郎が、入ってゆくと、渋沢は縁の障子を開けて、敷物を出した。
「約束をたがえず、わざわざ、お届けを願って恐縮じゃな」
「ところが……実は……その書付はまだ持参して来なかった」
「えっ? まだ?」
渋沢は疑った。
庄次郎は苦しそうに、頭の毛の根を、もじもじと掻いた。そして、自分の情婦の手に預けて、紛失してしまったことを白状すると、渋沢は、案外こだわらなかった。
「ははは、紛失してしまった物ならしかたのない話、なぜ先日、そう云わなかったのだ」