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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

頭の初秋

一

「どうも、面目なくて」

「ただ、それが、幕吏の手へ渡ると、他人に迷惑をかけねばならんので、それだけが、気懸りであったが……」

「それだ」

庄次郎は、縁へ、身を伸ばして、

「小倉庵の長次が、捕手をつれて、藩邸の外まで来ている。今のうちに、裏門からお逃げなさい。――これだけが、お礼の寸志。――それを、報らせるため、手引をすると偽って、これへ来たのだ」

「ほ……」

渋沢は、明るい昼を、見まわして、何か、咄嗟に、意を決したらしい。

「かたじけない」

彼が、書斎の障子を閉めたので、庄次郎は藩邸の塀の際まで行って、塀のみねから、外部の動静をのぞいていた。

神田橋の袂に、小倉庵の姿が見えて、塀の上に生えた彼の首に気づくと、眼で、合図をたずねた。庄次郎は首尾のよさを告げるように、手を動かして見せた。

すると、後ろで、

「やっ、おのれはっ」

聞いたような声がした。

振り向く間に、脚を引っ張られて、庄次郎は大地へ、もんどり打っていた。

頭の初秋

一

「あ痛っ、あ痛っ」

庄次郎は、頭をかかえた。

その頭を拳骨で、ぽかぽか撲りつけながら、男泣きに泣いているのは、藩邸の近習番頭取――庄次郎の父、土肥半蔵だった。