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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
「どの面下げて、かような所へ、出て失せたか。この上にも、父の顔に、泥をぬる気か。不孝者ッ、不忠者ッ」
「痛いッ、ご免ください」
庄次郎は、泥亀みたいに、掌をあわせた。
その手を、捻じ上げて、
「八十三郎、八十三郎」
詰所の方へ向かって呼ぶ。
声は嗄れ、顔は、涙によごれていた。
弟の八十三郎も、今日は、藩邸へ来ていたとみえる。父の声に、駈けて来て、さらに、兄のすがたを見ると唖然としてしまった。
ここ十数日の間、土肥家では、親類の者の手までかりて、庄次郎の居所を探していたのだった。
例の、闘鶏師仲間の者が、腹癒せに、その後、藩邸にまで襲って来たので、問題は、家老の耳にも、主君にも、家中全体に知れ渡ってしまった。息子の不行跡は、当然、父たる者の家事不取締りということになる。半蔵は、八十三郎に家督をゆずり、自分は辞職をすることに決心して、今日重役までその手続きを取っていたところだった。
折もあろうに、探しあぐねていたのら息子が、その日、その時刻に、藩邸の中から塀にすがって、外へ、何か手合図をしていたのだから、彼の、われを忘れた鉄拳も、男泣きも、無理ではなかった。