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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
それには、激怒そのものだった浪士も、ちょっと、驚いたらしいが、
「この武市に向かって、何の意趣があって、吹矢を射たか。誰に頼まれたか」
人目がうるさいと考えたか、二人は、露八を拉して、増上寺の山内へ引っ立てた。
「此奴、とぼけた面をしているが、幕吏の廻し者か、幕府の誰かに、頼まれたに相違ない。さもなくば、この武市に、吹矢を射るはずはない」
一方は、手荒な処置をなだめたが、一方は、頑として、肯かないのである。訛りがあるので、江戸の侍でないことは分かった。露八は、極力、弁解したが、その弁解ぶりが、よけいに相手を疑わせた。
「貴様は、医者でも茶坊主でもない様子だが、一体、何者だ」
「姓名の儀は、平に、ご用捨を――」
と、露八も、それだけは、さすがに恥じた。
「云わんとあれば、なお疑わしい。桂、面倒だから、叩ッ斬ってしまおうじゃないか」
「斬るのは止せ」
「なぜ」
「増上寺の山内だ」
「かまわん」
「寺院の中で、殺生をせんでも」
「ここは、徳川代々の廟所じゃないか。この奢り誇った霊廟の金碧を見ろ。畏れ多いご比較ではあるが、吉野の御陵には、雑草が離々と茂いて、ここの何分の一の御築石もない――穢れもくそもあるものか、俺は、斬る」