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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
露八は、ただ恐れ入ったように畏まっている。ワサビ蒲鉾に、銚子を取って、小五郎と半平太は、飲みはじめた。
「お菊、おまえの愛人だというその坊主をひとつ、紹介せんではいかん」
「はい」
お菊ちゃんは悪びれずに、
「露八さんです」
「鬘など被っていたが、一体、その化物は、何を職業にしているのか」
「幇間です」
「幇間か」
と、二人は、顔を見合って、哄笑した。露八は、むっと、不平な色を見せたが、お菊ちゃんに、眼で宥められて、黙っていた。
お菊ちゃんは、半平太へ、銚子の口を向けながら、
「あなた方、どちらも、土佐の武市だとか、長州の桂だとか、志士の、熊のと、威張ったことをおっしゃって、幇間を斬るなんて、おかしいじゃありませんか。江戸には、そんな侍はおりませんよ」
「志士の、熊の、は酷すぎるぞ」
武市は笑って、
「江戸の男は、怖くないが、江戸女には、降参じゃ。……坊主、一献、親懇に参ろう」
「露八さん、お飲み」
お菊ちゃんは、自分は杯へ手も触れないくせに、人へ酌すのは好きだった。酔うと、武市は嗜む古詩を微吟し、桂は、即興の都々逸を作って見せたりした。
二人はまた、お菊ちゃんに笛を所望したけれど、お菊ちゃんは、蕎麦屋の二階などでは吹かないという権識で、話題を外らした。