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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

「見附で、酒の上で武士を斬った。――手を洗わしてくれ」

三人とも、泥と血にまみれていた。武市が、わざと、大声で、喧嘩ばなしなどを奉公人に話しながら、三名は、すぐ風呂場へ入り込んだ。

いつの間に整えておいたのか、お菊ちゃんは、自分の箪笥から、三人の袷や帯や肌着などを、みだれ筥へ入れて、自分で風呂場へ持って行った。

そして、湯殿口を開けて、剃刀を渡しながら、低声で、

「ご首尾は」

と桂に訊いた。

「うまく行った。――たのむぞ、十日の手筈を」

「のみこんでいます」

「あの男が、いつか話した土肥八十三郎だ」

流し場に、背中を向けて、洗っている若い男を指さした。そして、

「土肥」

と呼んだ。

八十三郎は、振り向いた。髯がのびて、窪んだ眼が、どこかまだ恟々と光っている。

「え? ……」

「ちょっと」

桂は、手招きして、

「この婦人が、浜中屋の養女のお菊ちゃんだ」

裸体で、紹介した。

八十三郎は、手拭を腰に巻いて、彼も、裸体で、挨拶をした。そこで、二言三言、何か諜ちあわせている間、武市半平太は、風呂の中に、首を浮かせて、

「アア! いい湯だ……」

湯殿口の三人とは、他人のように湯気にうだりながら、土佐侍のよく謡う盛節の数え謡を、お国訛でうたっていた。