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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
(あれはぜひとも、お目をかけておかれますように。めずらしい頭のよい男で、交渉事に不調を招いたことなく、それに、理財に長じてもおりますれば――)
と、推薦して措かなかった。
慶喜も、一度招んで会った。また、藩地の穀税整理などをやらしたこともある。そして、
(なるほど、器量者らしい)
と感心はしたが、召し抱える話はでなかった。といって、追えともいわないのである。藩邸の出入りだけを黙認されていた。誰か、渋沢が勤王運動で郷里から趁われ者だということを、慶喜に告げた者があるらしかった。
平岡円四郎はよく、渋沢に向かって云った。
(惜しいものじゃて。その才能を持ちながら、思想運動さえやらなければ、一躍にも、出世の道があるものを――)
そしてまた、こうも意見した。
(勤王勤王と、熱病のように若い者がかぶれて行くが、そうやすやすと、三百年の幕府が、なんで瓦解してたまろうか。五十年先、百年先は知らぬこと。其許らが生きているうちに成功しなんだら、可惜、濠の埋草じゃ。仮に間に合っても、狡いのは、お先棒には飛び出さんものだ。吾こそと、飛び出すのは皆、白骨の焚木じゃ、その白骨を山と積まねば、世はうごかぬ。