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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
石ころだの、水溜りだの、凍っている足袋の先が痛い。夜更けまで彼は荻江節を流して歩いた。
「乞食も、三日すると忘られねえというが、ご方便なものだなあ」
露八はしみじみとそう思う。
三味線一挺あれば、孤身を養うにはことも欠かないし、身を切るような夜風にふき曝されても、撥を飯の種と思って張をこめれば、寒さなどは忘れている。
それと、この自由な境涯はどうだ。大名も知らず斧四郎旦那のような金持ちでも知らないものだろう。磧から見る木屋町の灯は、木屋町から見る磧よりは美しい。芸妓の酌で置炬燵も遊びの味なら、みぞれ雲に撥の冴えを響かせて、名利や殺刃や術策や、修羅風雲の流相をよそに、こうして磧の夜霜から、およそ人間のすること、いたされることを、その圏外から冷静に見ているという身分も、ちょっと贅沢でおつな生きている身の味ではあるまいか。
露八は、そう理届をつけて、第一に、こうしている分には、世間様の邪魔にもならないし、と思った。
「流しさん――」
茶屋の二階からやがて呼びがかかる。
露八は、仰向いた。仲居らしい女の影が、欄に見えたと思うとすぐ消えた。するとまた、階下の木戸に見えて、