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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

「あっ!」

と、自分が突かれでもしたように眼をつぶってしまった。

だが、すぐ背後の危険を感じて、槍と一緒に振り向く。見ると、刀をさげたまま一人の方は逃げだしているのだった。露八は追いかけて行って、槍を抛りつけた。――ぎゃっという声と一緒に、背を射ぬかれた薩兵は、槍を背負ったまま両手を拡げて、二、三間ほど駈けて仆れた。

「さあ来いっ、官軍っ」

露八は、血槍を持って、魔か、狂人のように、枯れ野を跳躍して走った。

「どいつでも、出て来てみやがれ。俺は、怒ったぞ。怒った俺は賊軍だ。賊軍には、汝たちがしやがったのだ。――抑えていた虫が、こう暴れだしたからにゃあ、もう、俺にも、抑えることはできねえ。誰か来て、食い止まるものなら止めてみろ」

走っているというよりは槍を舞わして踊ッて行くといった方が適切な彼の姿だった。まだ兵火の余燼が立ち昇っている淀堤の上へその影をあらわすと、当然、官軍の哨兵が彼の前に立ったが、そのたびに、槍の血を新しくしては不死身のように駈けつづけているのである。何人の敵に遭ったか何人の敵を突いたかなどは、毛頭彼の覚えにあることではなかった。

しかし癇癪玉も、猛勇も際限があった。