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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

お蔦は、蚊いぶしを、床のわきにおいて、

「土肥さんは、召飲れないのでしょう」

「どうも、一向」

「お気の毒ですよ、兄さん、はやく、あの品物を、返して上げてください」

と、健吉へ、縋った。

「そこにある」

健吉は、後ろの床脇の小壁を、眼で指した。水引のかかったままの竹刀と、免許状の包みとが置いてあった。

「――渡してやれ」

「有難うぞんじます」

庄次郎が、頭を下げると、健吉は、張合い抜けのしたような顔で――しかしまだ疑っているように彼の容子を見ていたが――突然、肩を揺すッて、笑いだした。

「おい、唐茄子氏」

「はっ」

庄次郎は、品物が、手にもどると、そこそこに、腰をうかしていた。

「待ちたまえ。――貴公は、一体、何しに来たのか」

「明夜、親戚どもが寄って、手前の免許皆伝を取った祝宴をしてくれますので、ぜひ、この品が入用のために」

「それだけか」

「それだけでござる」

「はははは。――何のこッた、拙者はまた、昨夜のご無念もあるはずと、首を洗って待っていたのだ」

「ど、どうつかまつりまして――」

「昨夜の連中で、たれ一人、拙者を追って来る者のない中に、貴公一人は、俺の背なかから斬りつけた。