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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

かなり、厳談を覚悟していなければならない。何せよ、大金だし、容れ物ぐるみ借りたままで、その財布すら返してないのだ。

「弱った」

手紙は、もう一通、机の上に来ている。まだ、この方がいい。板新道のお蔦からである。なにを云ってよこしたのか。

まいちど、お顔も見たし、お話も山々ありますゆえ、

明日の晩、いつぞやの水道橋まで、お越し下さいませ。

お待ちしています。(こがるる蔦)

「あ。こんな物、親父に見られたら一大事だ」

庄次郎は、顔をあかくした。そして二本の手紙を、飴捻じのように捻じッて、窓から藪へ捨ててしまった。なんの未練も、魅惑もない。

「馬鹿……。あしたの晩は、婚礼だ。俺の婚礼だ」

仰向けに、ごろりと寝る。

青春のおわかれだ。今日一日で、俺もくすぶった女房持ちの群れに入るのだ。そう思うと、庄次郎も、多少は、感傷的になるとみえる。

「どうしてだろう、婚礼なんて、少しも、楽しくないものだ……」

庄次郎は、お蔦に興味がないように、明日の花嫁にも、さっぱり期待がなかった。そして、お喜代のことばかりが頭へのぼってくる。妙に、こびりついている。あの疋田鹿の子やら、眸やら、それに、声だのが。