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はなもかたなも

花も刀も

山本 周五郎

「税のしるべ」大蔵財務協会、1955(昭和30)年1月~7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,364 字 · 178 页

青空文庫

彼はそのことを思いだした。

彼の姿を見て、それを知らせに幸坊が走っていったこと、座蒲団に人のぬくみが残っていたこと、そして勝手に皿小鉢や燗徳利があり、それがすぐあとで片づけられたことなど、――彼はそのときは深く疑わなかった。近所の女房でも呼んで奢ったのだろう、ぐらいにしか考えなかった。

「なにかあったんだな」と、幹太郎は呟いた、「富原老は確信ありげだった、証人を同伴する必要もないと云った、たしかに、そう云うだけの根拠があったに相違ない」

彼はおちつかなくなり、気持が苛立ってきた。

駕籠をいそがせたが、高輪にかかると疲れたようすなので、辻駕籠をみつけて、乗り替え、駄賃を増すから、「とばしてくれ」と云った。時刻はまだ九時まえだろう。

一丁ばかり手前で駕籠をおり、もし、また幸坊が外で遊んでいはしないかと、用心しながら、できるだけ家並の軒下を伝うようにして、その横丁へ曲っていった。

横丁には遊んでいる子供もなく、表を閉めた家々の、窓の障子にうつる灯火の色が、まるで深夜ででもあるように、ひっそりと道に光を投げていた。

あたりは、そんなに静かなのに、彼の住居では賑やかに人声が聞えていた。