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はなもかたなも

花も刀も

山本 周五郎

「税のしるべ」大蔵財務協会、1955(昭和30)年1月~7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,364 字 · 178 页

青空文庫

二

あたたかな、深い幸福感が(いまははっきりと)彼を包むようであった。彼は眼をあけたりつむったりしながら、あまやかな気持で、ずっとものおもいに耽っていた。

伊達家の下屋敷は、品川の宿を出はずれた荏原郡大井村にある。その門前へ近づいたとき、駕籠舁きが「旦那、伊達さまのお屋敷になにかありますぜ」と云った。

平八は駕籠の垂れをあげ、向うを見るなり「おい、おろしてくれ」と云った。

二

秋田平八は駕籠から出て、駄賃を払い、いそぎ足に、下屋敷のほうへいった。

表門の中からとびだして来た(伊達家の)侍たちが十四五人邸内のほうに向って輪をつくり、なにか声高に喚いたり、手を振ったりしていた。

――なにごとだろう。

道の片方は竹藪と雑木林で、疎らに酒屋とか、八百屋、雑貨屋などが並んでいる。それらの家の軒先にも、人が出て、その騒ぎを眺めていた。

平八が十二三間のところまで近よったとき、門前の侍たちがさっと崩れたち、邸内から一人の侍が走り出て来た。

その侍は抜刀を持っていた。

彼は道の左右を見、それから抜刀をふりあげ、坂道(平八のいる)のほうへと、走りだした。しかしそのとき、稽古着のままの平手がとびだして来、六尺棒を持って、その侍の前に立塞がった。