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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

二

「ふしぎな男だ」

しかしまた、どうしても、性格的に、好きにはなれないのであった。露八は、その金が費いたくない気がした。

安宿を見つけて、彼は、泊りこんだ。その晩、使い屋をたのんで、さっきの金に手紙を付け、すぐ河原町の薬師寺にいる渋沢へ返しにやった。

「これで、さっぱりした」

低い天井と真っ黒な壁でかこまれた四畳半だった。行火に足を入れて、夜具をかぶると、そのまま、夢も見ないで寝てしまった。

二

家はなし、父は世を去ったし、江戸をさえ離れたのに、何もいつまで正直に、坊主頭をしていることもあるまいと、露八は、髪を生やしにかかった。

宿を教えないので、渋沢もやって来ない。金を返したので不快に思っているのかも知れない。思うなら思え。ああいう人間と生涯の道中はどっちみちともにできそうもない自分である。

「婆さん、行ってくるぜ」

夕方になると、露八は、法界坊のように伸びかかった頭を、柿色の木綿で座頭みたいに巻いて、三味線を胸に、

「――降らなけれやあいいが」

安宿の軒から、みぞれ空を見上げて、稼ぎに出て行くのだった。

もう明けて文久三年の二月だった。

「ううう……」

磧へ立つと、寒さに、骨が鳴った。