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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
湯道具を、自分の家の櫺子窓へ突っこむと、すぐ、お吉ッつぁんの家へ上がりこんで行った。お吉ッつぁんは、稼ぎに出ているのか、留守らしかった。
だが、薄暗い六畳の一間をのぞくと、枕屏風と、鼠不入のほか、何もない古畳の真ん中に、一人の図う体の大きな男が、仰向けに寝転がっている。自分の腹の上に乗せて遊ばせているのは、お吉ッつぁんの父無し子で、
「ドロドロドロ、バアー」
と足業をやって、子どもを差し上げたり、亀の子みたいに、背中で廻って、
「さあ、どうだ。さあ、どうだ――」
子どもは、きゃッきゃッと笑いぬいてやまなかった。しまいには、しゃっくりをして、露八の胸に涎をこぼしていた。
「阿呆っ――」
お蔦は、障子の間から、癇ばしった声を、たたきつけた。
「? ……」
露八は、寝たまま、額ごしにお蔦の顔を見てその顔いろの蒼白さに、息をのんだ。
子どもの、しゃっくりも熄んだ。
つい――と嫋かな体を横に入れて、露八のそばへ坐ると、露八は跳び起きて、
「見つかったか」
「いい加減におしッ」
「何を」
「人を、おひゃらかしているね、おまえさん――」
どたん。
唐紙の中へ、露八の頭が、すぽっと嵌まってしまった。