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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
二
二
無事に、五卿を送って、春日丸から上陸した筑前兵や、薩州兵に、半日ずつの、交代休暇が出た。
赤飯の小折箱を、一つずつ持って、煮しめ蓮根や、芋を、指で、抓んで食いながら「御嘉酒」で、赤い顔をした兵が、年暮の市中へ、あふれて出た。
兵隊には、大晦日がなくて、兵隊ばかりが、人間らしかった。
露八も、余興のときの借着をそのまま着て、刀までさしていた。「御嘉酒」にも酔っぱらったし、赤飯の折箱も一つもらった。ぶらさげて新町の小格子をあるいていると、遊廓の人気は、こぞって自分へ集まって来るように、黄いろい声が、二つの耳では聞きとれないくらい、方々からかかる。
「ちょいと」
「小折詰さん」
「赤飯さん」
「それを、置いて行きなんし」
「あたいに、おくんなまし」
「こっちへさア」
「吝んぼ」
考えてみると、人気は、自分にあるのでなくて、自分の手にさげている赤飯らしい。
「やろうか」
露八は、顔の小さい、ちょっと可愛らしい妓を、小格子の中に見つけて、折箱を、上げてみせた。
その妓も、青じろい皮膚をしていた。
「え」
だまって、頷いた顔が、何だか不愍だったので、露八は、折箱と一緒に、登楼ってしまった。