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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

朱夜黒昼

一

丹波女は、大きな手で、自分の膝の上から、露八の首を抛りだした。

「あんたさ、兵隊の服着ているだが、あんな、金づかいすッとこみると、兵隊じゃ、あんめえ」

「じゃあ、何だい」

「泥棒とはちがうのけ?」

「馬鹿っ、丹波栗の、おたんちん。――あっちへ行けっ」

朱夜黒昼

一

大晦日も、元日も、そこで越して奈良漬のように露八は漬っていた。

すると、正月三日の夕方ぢかくである。ぐわらぐわらと、家中で、家財を往来へ出し初めた。露八の寝ていた蒲団まで男たちが来て、彼の体を、ゴミでもはたくように払ってあわただしく、二階から外へ投げ出している。

遊廓中が、同じ騒ぎだった。

荷は、車につみ、背に負って、どこともなく、われがちに逃げ出してゆく。遊女たちは、手拭をかぶり、裾を折って、これも、手をつなぎ合って、雪崩れてゆくのだった。

「煙で、真っ黒だ」

屋根にも、誰かいる。

瓦が落ちる。どこかで、女の悲鳴やら、子どもの泣き声やら聞こえる。――露八は、がらんとした青楼の広間を見まわした。丹波の女も、部屋に見えないし、鏡台も、赤い蒲団も、なかった。

「始まったかな?」

予感は、大晦日ごろからあった。