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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
薄氷の張っている冬田ではあるが、その凍っている泥水すらが熱湯のように熱く思われるほど露八の知覚はどうかしてしまっている。体の生理状態ばかりでなく、さんざん、蹴られたり撲られたり、唾されたりした頭も、いつもの彼の常軌ではないのである。
「馬鹿野郎っ、それが、官軍のざまか、王師の兵かっ。錦旗泥棒め!」
「なんだと」
畔に残っていた薩兵の一人が、槍の石突で、彼の頭を、突き下ろした。
「いやがったな」
泥の手が、その柄をつかんで、ずぼっと田から抜けて跳び上がった。足の甲には、田の泥をすくっているし、羅紗股引や背中には、腐った稲や芹が取ッついていた。
「こやツ、なにするかっ――後ろからぶっ斬れッ」
槍を引っぱり合いながら、一人がさけぶと、一人は抜刀して、
「こなくそッ」
と、風を割る。
露八は、槍を離した。槍の千段を持って引っ張っていた薩兵は、勢いよく後ろへ引っくり転った。露八は、離した槍へまた飛びついて、引っ奪くるとすぐ、相手の者が起ち上がるところを、
「畜生っ」
満身で突いた。棒で蒲団を押したような手ごたえが、ぶすっと突き抜けると、真っ赤なものが、花火のように顔へ噴いたので、露八は、