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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
それも、悩みだし、お蔦との仲も、抜きさしならない深間へ落ちていた。
酒が飲ける口になってから、あっちこっちに、借金はできる。お蔦はお蔦で、裸にまでなる。型どおり、心中するか、駈落ちか、ふた道を茨にして、
「腐ったって、しよがありやしない。庄さん、お唄いよ」
あのまま借りている毛抜き鮨の二階へ、てん屋物を取りちらして、二人は自暴酒だった。庄次郎は、ゆうべも屋敷へ帰っていない。今日も帰る気がしない。
――女は、三味線を爪で弾く。
「唄わないの」
「唄なんか、出るかよ」
庄次郎は、柱へ背を、そして、膝ッこを抱えて、
「金がほしいなあ」
「愚痴っぽいよ」
「また、今日あたり、渋沢が屋敷へ催促に来ているだろうし……」
男の呟くのをよそに、女は細い美い声で、荻江節を弾いてうたう。
つい釣り込まれて、
三とせ馴染みし
猫の妻
もし恋い死なば
かわいやの
棹は契りのたがやさん
庄次郎も音にあわせて唄いだすと、
「おおいい喉だ」
お蔦がひやかすように、また真面目に、云った。
「わたしの、お仕込みがいいから――」
「ふん、悪い指南番だ」
「ほかのことは」
「初めから、剣術などをやらねえで、荻江節でも習っていたら……」