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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

二

「なにさ、榊原さん」

健吉は、庄次郎の襟がみをずるずると引いて来て、

「来いっ」

梯子段を覗かせた。

二

「人斬り健吉だ」

「泥棒か、喧嘩か、捕まったのは」

「何だか知らねえが、また、斬るぜ。――あれっ、弱い奴だ、ずるずる引っ張られて行く」

誰も、手を出さない。口だけで騒いで、往来を見送っていた。

お蔦は、追いかけて、

「その人に、罪はないのだよっ。庄さんを殺すなら、私も、殺しておくれっ」

健吉は、片手で、庄次郎の襟がみを掴みながら、

「見っともない。帰れ」

「帰らない」

眼じりは紅くつり上がっていた。

裸足で駈けて来た娘がある。末の妹のお喜代だった。

「まあ、姉さんは」

わっと、泣いて、狂う姉を抱きしめた。

「家へ、お帰んなさいよ。往来じゃありませんか。姉さんっ、姉さんっ――」

「お離しっ」

「帰って下さい。見ッともないから。他人様が笑いますから」

「笑う奴は、笑え。……私は」

近所の箱丁だの、中の妹のお里だのが、走ってきて、嫌応なく、連れ去った。

庄次郎は、石みたいな拳固に襟を噛まれながら、首を竦めて、お喜代の後ろ姿を見ていた。

お喜代に、この姿をみられないのが、幸いのように思った。