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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

二

「露八先生、どうだね」

「五両くれますか」

「やるとも」

無造作に、射あてたので、斧四郎はただ取りを喰ったような顔をした。そして今度は、

「おい露八、向うへ行く十八、九の結綿に結った娘の髷に射あてたら、今の十倍――五十両遣るが、あたるまいな」

「ほんとに、五十両出しますか」

「その代り、あたらなかったら、今の五両、返すのだよ」

「よろしい」

お喜代は、側から、

「そんなこと、あぶないから、およしなさいよ」

と、止めたが、露八は矢を入れて、樹の蔭から、ふッ――と吹いてしまった。

二

「あッ」

斧四郎も、お喜代も、突きとばされた。芸妓たちは、八方へ逃げた。

その中を、

「おのれッ」

二人の浪士が、鐺を上げて、疾風を切る猪みたいに、追いかけていた。一人の浪士の着物の襟に、赤い吹矢が、突き刺さっていた。

「しくじった!」

露八は、韋駄天だった。煮込屋の葭簀に躓いて、樽みたいに、転がった。神馬小屋の後ろへ、隠れこんだ。だが、すぐ見つかってしまった。浪士の腕は、まるで、鉄の感じがした。

「出ろッ。――貴様は何者だ」

襟がみを掴んで、ずるずると、引き摺り出すと、鬘が落ちて、露八は、坊主だった。