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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
馬のいない厩
一
逃げる脚すら、がくがくとして、顫えがやまなかった。
馬のいない厩
一
先代の新十郎――つまり土肥庄次郎には祖父にあたる――槍の新十郎といわれた人は、大坪流の槍法の達人で、大酒家の上に豪放不羈な性格だった。そのために、一ツ橋家の指南番までゆきながら、たびたび御前ていをしくじっては、禁酒と謹慎とを、生涯に何度となく繰り返して終わっている。
「祖父を見習うてはいかぬぞ」
それを、子弟の訓戒にしているのが、今の当主半蔵で、
「あんな大酒を召しあがらなければ、ずいぶん、ご出世もし、家禄も百石にはなっていたろうに」
と、五人の子女の教育費に貧乏している最中は、よく愚痴をこぼしたものである。
三人の女子は、それぞれ嫁いで、今、家に残っているのは、長男の庄次郎と、次男八十三郎の二人きりだった。半蔵の妻は早世して、彼の齢も、早や五十幾歳かのはずである。二十五年来、近習番頭取を勤めて、一度の失策もなく、七十石に足らない糊扶持のうちから、わずかずつを割いて、付近の茗荷畑を買って家作を建てたり、藩士の内職の才取をしたり、小金を貸したりして、営々と理財につとめ、とにかく、
「土肥は、小金を持っている」