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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

やがてようやく、鍋が煮たち、膳拵えが出来るころに、上座にすわって、箸を取るのは、一体誰じゃ。……よう考えぬと馬鹿をみるぞよ。浪士浪士と、幕府でも取締りに血眼じゃが、なんの、大物はいつも襖の蔭にいて、膳拵えのできるころに、のうっと顔を出してくる……。賢明な渋沢などには分かるはず、考えたがいいぞ)

渋沢も、

(そうかな?)

惑うこともあったが、

(なに、平岡殿は、御三家の随身、そう云わなければならぬ立場だ)

と、思って、厚意だけは謝していたが、主義は変えなかった。平岡もまた、彼の才能を捨てきれずに、気永に見ているという態度である。

若い渋沢には、理財の才より、何の天分よりも、やはり若い血が勝っていたこととみえ、

(――尊いかな紅顔の白骨、老いを馬骨にかぞえて菽麦に生きんよりは、死して青史の花と散らん)

そういう辞句に多分な生き甲斐を見出していたことは、露八の弟、土肥八十三郎と同じだった。

渋沢の話を、露八は、東海道の永い途々、ほかにもまだいろいろ聞いた。

だが、露八が、最も感心したのは、彼の金に対する緻密さだった。馬子の駄賃の値ぎり方、旅籠代のかけあい、鼻紙や茶代の端にでも、針ほどな、無駄もしない。