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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
三
「藩船のお旗箱が、見えんというて、今夜、春日丸を、長門沖までお見送りするに、差しつかえているのでございます」
「誰だ、威猛高に、喚いておるのは」
「小隊長の宍戸殿で」
「呼べ」
桂が、呼ぶと聞いて、宍戸は、自分の責任を恐れながら入ってきた。
三
「貴公、何をうろたえているっ」
宍戸は、桂の一喝に、顔をはたかれたように、固くなった。そしてすぐ、責任者を糺していること、また、事務に関わった当番兵七名を、お旗箱が出なければ、切腹させるつもり、営倉に糺明させていることなどを、早口に、云いたてて、自分が職責を尽している証言にした。
「何――大事な兵を、七名も、そのために、腹切らせる? 馬鹿も、ほどにさッしゃい。第一、今夜十二字半の出帆に、間にあうか。七名が、腹を切ったら、お旗箱が出るかっ」
「は」
「どこだ、その七名を、糺明してある倉は」
「波止場倉です」
「むしろ、死んだ気で、探させるがいい。いや、なかったら、俺が出してやる」
よほど気色を害したらしい。桂は、立って、雪の中を、草履で、波止場倉の方へ、大股に歩いて行った。
宍戸は、追いかけて来て、彼が再び呶鳴らないうちに、錠を開けようとしたが、錠前に鍵を差しこんだまま、ふと、手を引っこめてしまった。