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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页
鷹の羽
一
――板じん道にて、お蔦。
「ちっ」
二つの忌々しさを見較べて、庄次郎は、鉛みたいな顔をした。せめて、片方の名が、お喜代とでもあったら、このごろの不愉快な日は、いくらか、慰められるだろうにと、思ったりした。
鷹の羽
一
渋沢栄一からの手紙には、
啓呈
と、謹直な書体で、
(――しばらく藩邸の各位や、道場の諸兄に、お世話に相成っていたが、一身上の都合で、目下は郷里高崎在に帰省いたしている。先頃、柳原土手で、ちらと、お姿を拝したが、仔細あって、わざと、お別れのご挨拶もせずに失礼した。近く、ご拝眉の機を得て、万語お詫び申しあげるつもり――)
そんな意味に、加えて、
(尊兄の大成を祈る)
と、むすんであった。
庄次郎は、ほッとした。心配していた金の件にはふれていないし、催促がましい辞句はどこにも見当たらない。
「じゃあ、あのとき、田舎へ帰省ったのだな……」
柳原土手で、町人用の古着を買っていた渋沢の姿が、目にうかぶ。庄次郎は、
「まず、当分はいいぞ」
と、安心したが、同時に、近くご拝眉の機を得て――が少々気にかかる。近くといえば、いつ来るかわからない。そのときには、きっと、催促だろう。