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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
07 一九四〇年(昭和十五年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,044 字 · 575 页
朝の眼のなかによろこびがあるという、リフレインのついた小さなうたがきこえています。あの眼のなかに生きているよろこび、よろこびの可愛さ。あこがれのいとしさ。いとしいあこがれも信頼の籠に盛られれば、それは朝々にもぎたての果物のよう。そういうソネットを、ゲーテが書いたって? うそでしょう。そんな痛みのように新鮮な献身へのあこがれを、ゲーテが知るものですか。天才の半面の俗物という批評を、そういう詩趣を解さなかった生活に帰し得るのですもの。
刺繍の模様は一輪の花でした。こんな花弁の。一つの花の花びらですから、どの一片もむしることは出来ないのよ。一輪の花はうすい黄色と緑。もう一輪は柔かい桃色と黄色でした。それは大変素朴で、真情的な咲きかたをしていました。その花たちは、心一杯で手足の短いような恰好をして、と私が笑いながらこの前の手紙にかいたこと、お分りになるでしょう。なかなか珍重すべき美術品なのにね。
高い天井の電燈がつきました。西日をよけて今坐っているところは灯からは遠いところ。正面の窓がらすにシャンデリーが映っています。
今どうしようかと考えているの、こんなにおなかすいてうちまでガマンするのかナ、それとも林町でたべようか、よると、かえるのに又面倒くサイナと、考えているの。