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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

07 一九四〇年(昭和十五年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,044 字 · 575 页

青空文庫

私たちはこれまで所謂不幸というようなものを入りこませずに生きて来ました。これからもそのように生きなければなりません。私たちは、生活の地形にはっきりと知った一つの淵をよく理解し、そこには流失の憂いのない橋を架け、必要にしたがって平静にその上を往来して、やって行きましょうね。

私がいくらか人生を生きて来ているということは、こんな際何という仕合わせでしょう。鬼面に脅かされきらずに沮喪の感覚をもってゆけることは、お互の何という仕合わせでしょう。よろめいても倒れないことは何とよろこびでしょう。この傷からよしやいくらかの血を失っても、急所は別のところにもっている、そのうれしさというものも感じます。

今夜も雷が鳴ります、稲妻がはためきます。こういう夜々に、心の傷をしずかに嘗め、物を思っている精神の姿は、大変あなたに近く感じられるでしょう。

私たちは、こんなとき、一緒にいてもきっと言葉すくなく一つ心の四の瞳という工合にして蚊帖に射す稲妻の色を見ていることでしょうね。私たちはそういう人間たちだわ。別の人間たちではないわ。では御機嫌よくね。

八月二十六日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕