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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

「サンデー毎日」1934(昭和9)年6月3日~10月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 125,597 字 · 253 页

青空文庫

露八は、それを聞いて、

「俺よりも、偉い」

と感心した。

大坂人は、大坂城の灰燼を惜しみ、露八は、それを捨てて、夜逃げ同様に落ちたという慶喜公の姿を偲んで眼をしばたたいた。

その慶喜公の近侍となった渋沢栄一はどうしたか?

(あれは、死ぬ男じゃない)

この間うちから気がかりなのは、弟の八十三郎だ。官軍は勝ち誇っているが、八十三郎の生命の保証にはならない。長州屋敷の者は、こぞって、鳥羽の戦に打って出たというから、あの砲弾の下に、弟はいるにちがいない。

「ここらで会っておかないと、もう生涯、会えない兄弟かも知れない……」

露八は、淀川に沿って、枚方の方角へと、歩きだした。血か、油か、淀は鉛色にぎらぎらして、時々、俯ッ伏せになった幕兵の死骸が空俵みたいにながれて来る。

粟生の光明寺に、長州方の浪人隊が一屯いるという。土民の話なので、確とあてにならない気もしたが、

(もし、弟がいたら)

と露八は、そこがもう戦線地帯とは気がつかないで歩いていた。

田圃越しに、畷の藪から、パチパチと、小銃で狙い撃ちをされて、彼は初めて、身を屈めた。

羅紗の烏賊帽子が、

「撃つな、捕まえろ」