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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
07 一九四〇年(昭和十五年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 289,044 字 · 575 页
のことで、従来は世俗的無用人が芸術家であって、芸術家の側として其でよいという境地があったと思います。ところが昨今は無用人に存在権は許されない形があらわれて来ているので、その無用人の或ものは急に有用人になろうとして、そのことでは世俗的有用人との区別がつかなくなってしまっている。他のつとめ人と同じ内容で有用人になるしか知らない、つまり有用人になったつもりで文学の本質からは無用人になって、歴史の永い目ではつまり全くの無用人であるということになります。
この歴史は十九世紀文学の流れの中から発して、日本にどうあらわれて来たか、二葉亭四迷のことを、その点から考えてね。マンやヘッセの時代の作家即無用人の考は、二葉亭のあの煩悶[自注6]とどうかかわりあっているのでしょう。十年ばかり前の文学の新しい本質をとらえたものは、無用人でなくて社会と文学に有用人でありうる統一を学んだのであり、そこにしかこの統一はないのですが、所謂「純文学」はそういう実に大事な成長の輪を一つおっことしていますからね。「純文学」における自我の崩壊、それにつれての通俗化、猥雑化と、この無用人、有用人の関係はつながりがあります。