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はなもかたなも

花も刀も

山本 周五郎

「税のしるべ」大蔵財務協会、1955(昭和30)年1月~7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,364 字 · 178 页

青空文庫

と、深喜は気がついた。

刀をしまわなければならない。そう気がついたとき、少しおちついて、足を緩めた。どこだか見当もつかないが、道幅の狭い街筋で、軒の低い左右の家並は、みな雨戸を閉め、ひっそりと寝しずまっていた。彼は立停った。追って来る人もなく、叫び声も聞えない。すると急に激しい呼吸困難を感じた。そこまでは『逃げる』ことで夢中だったが、もう大丈夫とわかったとき(初めて)走りどおしに走った苦しさが感じられたのであった。

立停ったまま少し息をしずめているとすぐ近くで囁くような、水の流れる音が聞えた。その音をめあてにゆくと、家並が切れて、右側に広く空地がひらけ、細い田川が流れていて、川沿いに枯草の茂みがあった。

深喜は草の上に坐り、刀を拭くために、ふところを探ったが懐紙も紙入れも無かった。

走って来る途中で落したのだろう――彼は刀をあげ、刀身に眼を近づけて、血のりの痕を見た。血は付いていなかったし、指で撫でると、刃先のほうに僅かぬるとした膏が感じられた。

「深くは斬らなかったな」

軽く肉を裂いた程度だ、と彼は思った。

殺すつもりがなかったのだから当然だ。