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はなもかたなも

花も刀も

山本 周五郎

「税のしるべ」大蔵財務協会、1955(昭和30)年1月~7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,364 字 · 178 页

青空文庫

しかし自重するように、と平八は繰り返して云った。

幹太郎は平八といっしょに『山源』から駕籠で別れ、そのまま芝の金杉三丁目にある、お豊の家へいった。

そこは本通りから浜手へぬける横丁で五戸建ての長屋造りではあるが、格子戸をはいったところが三畳、ほかに六畳と四畳半という間取りで、すぐ裏に井戸があった。

本通りの角で駕籠をおりた幹太郎が、横へ曲ってゆくと、近所の子供たちと遊んでいた幸坊がみつけ、「お、平手さんのおじさん」と走って来た。

「幸坊の長か」

幹太郎が云った。

幸坊は走りよろうとしたが、なにを思ったかふいに立停り「ねえちゃんにそう云って来る」と云いざま、ひどく慌てて駈けだした。

お豊は格子戸のところまで出迎えていた。

「お帰んなさい」と云って、お豊は彼から刀を受取り、六畳へはいりながら「どうなすったの」と訊いた。二十五日に来なかったことをいうらしい。幹太郎は「いい知らせがあるんだ」と云って、座蒲団を長火鉢の前からはなして坐った。

しかし、坐るとたん、その座蒲団に、いままで人が坐っていたかのような、ほのかなぬくみのあるのが感じられた。

長火鉢のそこは彼の席であり、その座蒲団は彼の専用のものであった。