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はなもかたなも

花も刀も

山本 周五郎

「税のしるべ」大蔵財務協会、1955(昭和30)年1月~7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,364 字 · 178 页

青空文庫

おそらく幸坊もそういう孤児の一人だろう、そう思うと、幹太郎は心に痛みを感じた。

「よし、勉強するんだ」と、彼は幸坊に云った。

「ちゃんと寺小屋へかよって勉強すれば、いまに立派な人間になれる、自分でそのつもりになれば、親きょうだいがなくっても立派な人間になれるからな」

幸坊は黙っていた。

幹太郎は水が飲みたくなったので、立ちあがって勝手へゆこうとした。すると幸坊が「いけないよ」と、とびあがって袖をつかんだ。どうして、喉が渇いたから水を飲むんだよ、と幹太郎が云った。ここにあるじゃないか、と幸坊は長火鉢の湯沸しを指さした。

幹太郎は幸坊の眼をみつめた。

――汚れているから勝手を見ないでくれ。

お豊もそう云った。

なにかあるな、幹太郎はそう思ったので、幸坊の手をふり放してゆき、障子をあけた。勝手は(お豊の言葉どおり)ひどくちらかっていた。喰べたあとの器物がちらかっているだけで、べつに変ったこともなかった。しかし幹太郎はその器物が多いのと、この家のものでなく、丼や皿小鉢がてんや物であり、燗徳利や盃まであるのに気がついた。

――誰か来ていたな。

さっき座蒲団に、人の坐ったらしい余温のあったことを思いだしながら、幹太郎は水瓶から柄杓で水を飲み、それから長火鉢の前へ戻った。